「うるう年がなかったら」を考えたら、忠臣蔵の事実に辿り着いた話

うるう年を考えるその他・雑記

きっかけは長男(5歳)を幼稚園に送っている時のなんて事ない会話でした。

今日2/28で2月が終わりで、明日から3月だって知ってるかー?

知ってるよー

じゃあ4年に1回、2月が29日まであるのは知ってるかー?

え、それ知らなーい。なんでなのー?

せがれが知らないのはまだ5歳なので当たり前ですが、「なんで?」と言われると、すぐにハキハキと答えられるほどの知識はありません。

せっかくの機会なので、ちゃんと調べてみました。

そしたらすごく面白かったです。

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うるう年がある理由

大人であれば、うるう年に関してざっくりな知識はありますよね。

4年に1度、夏のオリンピックがある4の倍数年が「うるう年」で、2月が29日まである。

この2月の29日を「うるう日」と言います。

つまり1年が366日になります。

その理由は1年(地球が太陽の周りを公転する周期)が365日ぴったりではなく、365日と約6時間で、うるう年を導入しないと、1年で約6時間、暦と季節がズレて行くから。

1年で約6時間なので、4年で1日ズレます。

4年で1日程度の季節のズレなら、多分誰も気がつかないでしょうが、もうちょっと長いスパンで考えると事情が変わってきます。

100年で考えると、うるう年を導入しないと、100年で約25日、つまり1ヶ月季節がずれる事になります。

前回のうるう年、2016年に書かれた記事がわかりやすいです。

もしも、うるう年がなかったら、今日は2017年の7月15日

西暦2000年は400年に一度の特別な年だった?

もう19年も経つのですね、2000年から。

あの時はミレニアムミレニアム騒いでましたよね。

で、その2000年は400年に一度の特別な年だったそうです。

言われてみれば、当時のテレビでそんな事をやっていたような事を、今回うっすらと思い出しました。

西暦2000年は4の倍数の年なので、うるう年だと思いますよね?

西暦2000年のカレンダー

カレンダーを振り返ってみますと、確かにその通りで29日があります。うるう年です。

では、西暦1900年と2100年はどうでしょう?

どちらも4の倍数年だから「うるう年」のはずですよね。

西暦1900年のカレンダー

西暦1900年のカレンダー

西暦2100年のカレンダー

西暦2100年のカレンダー

1900年と2100年は2月は28日までで、うるう年ではありません。

ちなみに、西暦1700年・1800年/2200年・2300年も4の倍数年ですが、うるう年ではありせん。

これもなんでかと言うと、暦と季節の調整のため。

先ほど地球の太陽の公転周期が365日と約6時間と述べましたが、正確には「365日5時間48分46秒」。

4年に一度、うるう年で1日(24時間)足すと、足しすぎなんですね。

5時間48分46秒×4=23時間15分4秒

本来なら23時間15分4秒でいい所を24時間足しています。

つまり4年に一度のうるう年で44分56秒余計に足していることになります。

これがまた長いスパンで考えるとズレが生じるわけです。

400年単位で考えると74時間57分20秒(3日と2時間57分20秒)足しすぎなわけです。

これを解消するために、4の倍数の年が必ずうるう年になるわけではなく、

うるう年は100年に一度、ちょうど100で割れる年は「うるう日」を作らない
ただし、2000年など、400で割れる年は、「うるう日」のある「うるう年」とする

と、言うことが決められるました。

これが1582年に定められた グレゴリオ暦 で、現在世界中でこの暦が使われています。

グレゴリオ暦 - Wikipedia

グレゴリオ暦に基づいて計算すると、

1700年、1800年、1900年はうるう年でなくなるので、

74時間57分20秒 – 72時間 = 2時間57分20秒。

400年で2時間57分20秒のズレ。

→1年に換算すると、1年で約27秒のズレ。

と、言うことになります。

400年で約3時間、1年で27秒なら、誤差の範囲ってことですかね。

この程度のズレなら、季節がズレることはまずありません。

ただ、このグレゴリオ暦でも1年に27秒のズレが生じるわけで、このズレが3221年分で1日のズレになるそうです。

遠い未来、どこかのタイミングでこの一日のズレを解消する「うるう日」が作られるんでしょうね。

ま、ロマンがあると言えばありますが、確実に死んでるんで、関係ないですね(笑)。

で、辿りついた忠臣蔵の事実とは?

今回この記事を書くにあたって、色々調べました。

グレゴリオ暦になる前のユリウス暦のこと。

日本の昔の太陰太陽暦では、うるう年ではなく、「うるう月」が3年に1回ほどあって、13ヶ月ある年が頻繁にあったこと。

明治時代に太陰太陽暦から太陽暦に改暦する際、すげー力技で行ったこと(12月2日の翌日が元旦)。

などなど。

いろいろ勉強になったのですが、これを説明するのは私のオツムではキャパオーバーなので、興味がある方はwikipediaなりで、お調べください。

ユリウス暦 - Wikipedia
閏月 - Wikipedia
明治5年 - Wikipedia

紀元前からうるう年に気づいて設定していたとか、うるう月で13ヶ月で調整とか、昔の人すげーなと思いましたよ。

で、忠臣蔵です。

赤穂浪士の討ち入りがあったのは、12月14日。

歴史上の事件で、日付まで覚えているのを思いついたのが、真っ先に忠臣蔵でした。

最近ではそこまでドラマとかやらなくなりましたが、昔は良くやってましたよね?

TVで忠臣蔵のドラマがやったり、バラエティーで取り上げられたりするのは、だいたいその日あたりが多いので、完全に刷り込まれていて疑う事がありませんでした。

で、今回暦の事を調べて気づいた事。

あれ、これ昔の暦での日付だから12月14日じゃないんじゃね?

調べました。

やはり全然違いました(笑)。

いわゆる「赤穂四十七士」(あこうしじゅうしちし)は、紆余曲折のすえ元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に本所・吉良邸への討ち入りに及び、見事その首級をあげる。

引用:Wikipedia忠臣蔵

全然12月じゃないじゃーん。

1月下旬じゃーん。

この事実って、どの位知られているんですかね?

みんな知ってる事なんですかねー?

まとめ

うるう年の説明はバッチリ!

今回勉強したことで、うるう年の知識はバッチリになりました。

問題は受け止める子どもの方で、間違いなく理解できないでしょうから説明は少し先までお預けですね。

そして日本の昔の暦。

良く歴史バラエティーなんかで、「天正●年▲月◻︎日」的なナレーションが流れて来て、誰かの誕生日と日付がかぶったりすると、
「あー、娘の誕生日にそんな事件があったのかー」
とか思ってましたが、それ今の日付と違いますからー。

残念!

日本史とか専攻してると、当たり前の知識なんですかね?私世界史専攻だったので…。

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